『海外農林業情報 No.88』

海外農林業情報 No.88 (2018年8月17日


JICA草の根技術協力事業(草の根パートナー型)
「モンゴル国養蜂振興による所得向上プロジェクト」    

本号では、当協会が2015年4月から2018年4月までモンゴルで実施した「養蜂振興による所得向上プロジェクト」についてご紹介します。

人口の数十倍の家畜が暮らす草原と遊牧の国 ―― そんなイメージのあるモンゴルで、今、養蜂が普及しつつあります。

モンゴルでは近年、市場経済化や地下資源開発の進展に伴い、草原の劣化、首都ウランバートルと地方の格差拡大が深刻化しています。雪害や干ばつなどの気象災害も相まって、多くの人口が地方から首都へ流出しています。また、冬のウランバートルの大気汚染は大きな健康被害を引き起こしていると言われていますが、その主要因の一つとして挙げられているのが、伝統的な遊牧式テント「ゲル」で使用される暖房用の石炭です。人口の流入は、ゲル地域の拡大を招いていて、大気汚染の激化につながっているともされています。

こうした観点から、地方の所得を向上させ得る環境保全型産業の育成が、現在、強く求められているといえるでしょう。

養蜂の主要産品であるハチミツや花粉は品質が安定しており、インフラが不十分な中でも生産・販売が可能です。また、養蜂の受粉機能は、草原の保全や回復に役立つことから、地方における持続的な産業として、大きな可能性があると考えています。

昨今経済が低迷気味のモンゴルにあって、養蜂が比較的低コストで始められ副業としやすいこと、国産ハチミツが高く売れることなどから、養蜂が徐々に普及しています。モンゴルではもともと養蜂は行われておらず、社会主義体制下にあった1950年代末に当時のソ連からミツバチが導入され、国営農場でハチミツ生産が始まりました。しかし、1990年代の移行経済期に国営農場が民営化されると養蜂業は縮小し、その後は、養蜂が最初に導入された北部のセレンゲ県で細々と営まれる程度となっていました。そうした中、2000年代後半に国際NGOが支援の一環として現地に蜂群を配布したことがきっかけとなり、養蜂家と蜂群数が次第に増え始めました(2010年には約1600群だった蜂群数は、2016年には約8000群にまで増加しています)。

しかし、飼育技術がないため生産性が低く、このままでは十分な産業に育つことはないと危惧されました。そのため、技術的なてこ入れによる生産拡大とハチミツ品質の向上を通じて、養蜂所得の向上を目指すこととし、JICA草の根技術協力事業(草の根パートナー型)に事業を提案、2015年4月から2018年4月まで3年間にわたってプロジェクトを実施しました。セレンゲ県は今も養蜂の主要産地となっており、2016年時点でも国内の半数以上の蜂群がセレンゲ県で飼育されています。養蜂技術の多くがセレンゲ県の養蜂家を起点として普及していたことから、プロジェクトはセレンゲ県を対象地域として活動を行い、セレンゲ県の中でもコアな養蜂地域であるシャーマル郡をモニタリング対象としました。


・蜂群当たり年間採蜜量の増加

 プロジェクトが目指したのは、第一にハチミツ生産性の向上です。群当たりの年間ハチミツ生産量を、開始当初の11kgから22kgへと倍増させる目標としました。

 生産性の向上においては、ミツバチ飼育技術の向上が必要であり、養蜂専門家によるセミナーと個別訪問による技術指導を重ねました。ミツバチの生態とそれに対応した巣箱等の規格などの指導も含めながら、地道に技術移転を継続しました。また、蜂群の育成状態に合わせた蜜源の利用も重要なポイントとなることから、蜜源植物専門家の指導も得て、現地の植生や開花状況の調査や養蜂家による開花カレンダーの作成なども実施しました。

 その結果、年間平均採蜜量は、24.3kg(最終セミナーアンケート調査)?29.4kg(獣医による個別調査)となりました。30kg/群あるいは40kg/群採蜜する養蜂家や、中には、2017年のシーズンに80?90kg/群を採蜜した養蜂家も出ています。詳細に見れば、個々の養蜂家の技術レベルにはばらつきがありますが、全体としては着実に技術を伸ばし、大きく生産性を向上させています。

 

(写真:干場英弘専門家)干場専門家による養蜂指導
(個別訪問指導による技術定着率は高かった)


・新しい試みと今後への期待

 モンゴルは、冬は最低気温がマイナス30度にもなる厳しい国です。モンゴルの養蜂は、9月頃には越冬の準備を始め、11月初めには越冬に入ります。養蜂が再開されるのは4月初めです。これまで、越冬は半地下の越冬庫による方法しかなく、この越冬庫の建設にはかなりの費用が掛かるため、養蜂経営の拡大や新規参入の足かせとなっていました。こうした状況を踏まえ、プロジェクトでは、少数群を簡易的に越冬させる技術として、庭先に穴を掘って蜂群を入れ、雪をかぶせて温度を一定に保つ越冬方法を考案しました。実証試験では、最低気温がマイナス30度を下回る中でも、巣箱の温度が常に0度前後に保たれることが確認されました。2017年から2018年にかけての越冬では、一部の養蜂家もこの技術を取り入れ、今春、無事にすべての群が越冬に成功しました。

プロジェクトで移転した飼育技術や品質管理技術はマニュアルに落とし込み、印刷物を養蜂家や獣医など関係者に配布したほか、データをインターネット上でも公開しています。また、セレンゲ地域の蜜源植物調査の結果も、養蜂資源植物ガイドブックとして纏められました。これらは、今、養蜂関係団体や国際機関などが研修に使用しています。モンゴル人の養蜂指導者も育ち、プロジェクト終了後も、様々な機関から講師として招聘され、活躍の場を広げています。

プロジェクトは常に技術情報を広く公開し、対象地域のみならず、モンゴル全土の養蜂家や養蜂を志す人に向けて情報を発信し続けました。セレンゲ県はロシアとの国境の県ですが、そこで開催されるセミナーには国中の養蜂家が集まってきました。また、青年海外協力隊員にご協力いただいて技術指導を行ったり、技術協力プロジェクトの専門家にアドバイスを仰いだりと、JICAの関係の方々にもご指導いただいて様々な場面で重層的に情報をやり取りできたことは、プロジェクトの効率的な実施に大いに貢献しました。

プロジェクトの3年間で、モンゴル全体の養蜂技術は底上げされ、養蜂家による生産だけでなく、ハチミツメーカーや蜂具類の輸入販売業など、養蜂に関連する企業活動も始まっています。あちらこちらで、ハチミツや養蜂に関する情報を目にするようになりました。中でも技術力の高い養蜂家のハチミツは、日モEPAの下、2017年に日本への輸出も果たしました。

一方で、市場に出回るハチミツの品質には、今もなお、ばらつきがあり、“商品”といえるレベルに達していないようなものも時に見受けられます。養蜂が儲かる産業として脚光を浴びれば浴びるほど、一部で技術や情報が伴わない生産が行われてしまうようです。価格も総じて高すぎ、生産コストの抑制も求められるところです。生産・流通・販売の改善や品質管理に加え、技術開発および普及の在り方なども含め、バリューチェーン全体を見据えた取組みがまだまだ必要です。

本プロジェクトは引き続きフェーズ2の実施を予定しており、今後はこれまでの成果をさらにブラッシュアップしつつ、全国的な展開を図っていく予定です。

 

養蜂資源植物ガイドブック(左)と
飼育技術マニュアル(右:オレンジ)
および品質管理マニュアル(右:緑)

 


文責:西山 亜希代

 

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