『海外農林業情報』No.69

海外農林業情報 No.69 (2017年3月17日


Brexitと英国農政

3月13日、英国議会はメイ首相に、EU離脱を通告する権限を付与する法案を可決しました。これを受けて、デービス離脱担当相は、今月末までに離脱を通告するとし、英国のメディアは、3月25日のローマ条約60周年記念EU首脳会議の後、27日からの最終週になるのではないかと観測しています。いずれにせよ、その後2年間にわたって脱退交渉を行い、その間に今後のEUとの関係等に関して整理されることとなります。交渉が完結しない場合は、すべての国の合意がない限り交渉期間が延長されることはなく、そのままの形で2年後に脱退することとなります。昨年6月にキャメロン首相の下で、EU脱退か残留かの国民投票が行われ、僅差ながらも脱退の意向が示されました。移民・難民問題が争点だと伝えられましたが、ユーロの単一通貨制度、社会保障制度の統一化、さらには政治的意思決定にまで及ぶ統合化等その基本的な方向性に英国民が根深い違和感を覚えていたのではなかったかと思われます。

英国がEC(1994年からEU)に加盟したのは1973年でした。当時ECは経済同盟的な性格が強く、英国としても、欧州大陸各国との経済関係を考慮して加盟に踏み切ったものと思われます。しかし、その後、1992年のマーストリヒト条約、さらに2007年のリスボン条約を経て、政治的・社会的共同体への方向が強くなり、英国としては違和感を強くしていったようです。今回の脱退通告に当たっても、昨年10月に最高裁の決定で、議会の承認が必要とされ、多くのジャーナリズムはここでの反対に期待を示していましたが、結局は、この基本的な違和感が根本にあり、承認に至ったようです。

今後、EUとの交渉に当たり、経済関係をどのように整理するかが焦点になります。特に、EUの単一市場とのかかわりです。方向としては、(1)ノルウェー方式と言われる単一市場加入と同等の地位を保持するが、人の流れの自由の確保(特にベンゲン条約)、EU分担金の負担を伴う方式、(2)スイスのように単一市場の地位は維持し、EUの分担金は負担するが、人の移動の自由は受け入れない方式、(3)カナダのようなFTAによる市場確保の方式が考えられましたが、メイ首相は、1月の議会へのEU離脱承認要求に際して、FTAによる交渉を選択すると表明しています。その際には、単にEUとのFTA交渉のみでなく、WTO上の地位・譲許をどうするかの問題、EUが締結している個別FTAの問題等を関係国と交渉する必要が出てくるのではないかと思われます。

また、EUの基礎である共通農業政策(Common Agricultural Policy, CAP)との関係で、英国の農業・農政がどうなっていくかも注目されます。EC加盟までの英国農政は不足払い制度を中心とするもので、穀物、畜産物等の主要農産物に関し、生産費を基準とする保証価格とその市場価格との差額を財政で補てんすることを基本にしていました。また、穀物の輸入は、ほとんど関税もなく、自由でした。畜産物に関しては、輸入制限がありましたが、英連邦諸国からのものは特別の取扱いとなっており、基本的には、農産物は国際価格で輸入され、市場価格はこれを反映していました。他方、EUは、CAPの下で、主要農産物に関し、生産費を基準とする基準価格を設定し、輸入価格との差額を可変課徴金で徴収しつつ、域内市場価格が基準価格より低い場合は、市場に買入れ介入する制度をとっていました。したがって、農産物価格は、国際価格より高く支持していました。英国は、ECに加盟することにより、CAPを導入するために農産物価格をEC並みとすることになりますが、それを5年かけて実施することとなりました。これは、英国農業にとっては、これまでの保証価格より高い水準での収入が約束され、かつ、欧州大陸への農産物輸出が課徴金対象から外れることとなるので、大いに益することとなりますが、消費者にとっては、食料品の価格が高騰するのではないかと懸念されていました。このような状況の下で、英国農業は刺激を受け、増反・増産へと走ることとなり、低湿地、林地、丘陵地への農地拡大がみられました。他方、心配された食料品価格の高騰も、1973年のオイルショック、通貨変動に伴う急激なインフレの中に埋没することとなり、英国のEU加盟は、むしろスムーズに進みました。

このような英国農産物の増産に加え、インフレに伴ってEU全般の農産物の基準価格が上昇するにつれて域内全体の農業生産も急増し、市場介入による在庫が積み上がり、また基準価格と国際価格の差額に当たる輸出補助金が増加しました。そのため、財政負担が膨大となり、この点からもCAP改革が急務となりました。当初は、介入買入れに代えて、市場価格と基準価格の差に相当する部分について、減産等を条件として生産量に応じた直接支給措置が取られましたが、1992年に至り、マクシャーリー改革と言われる政策の大転換を図ることとなりました。基準価格を大幅に引き下げていくとともに、その引き下げ幅に応じて生産者に面積当たりの補助金を支給するという方向です。これは、当時進行中のGATTウルグアイ・ラウンド交渉の枠組みを見越したもので、輸入課徴金も輸出補助金も削減する方向をとりつつ、国内補助金についても、当初は品目別の過去の生産面積当たりの補助としつつも(これはWTO協定上「青」の政策として認められることとなりました)、徐々に品目から離れた(デカップル)面積当たりの補助にしていく、さらにWTO上許容される環境保全を目的とした面積割補助や農村地域振興政策補助に変更していく方向を目指しました。これらの補助金も、一定の地域ごとに総額で各国に支給し、各国の裁量で、単位面積当たりの支給も地域による差をつけつつ、かつ、種々のクロスコンプライアンス(一定の義務的行動を要求する)を求めたり、資金の一部を農村振興政策に向けたりできるようにしています。

このように、CAPは、EC加盟前の英国農政の不足払いに近い市場価格水準となり、むしろ英国農業政策に求められている条件不利地域への対応、環境改善維持への方向をとりやすいような状況となっています。したがって、英国がEUを離れた場合の農政についても、現在の枠組みは、大きく変化することなく続いていくのではないかと思われますが、むしろ、その財政負担をどうするかという問題が残るのではないかと思われます。

他方、英国は、現在EU諸国との間に表1のような農産物の輸出入関係があります。もちろん、これは単一市場として扱われているため、関税、数量割当の障壁はありません。しかし、脱退となれば、EU諸国への輸出は関税、数量割当の対象となって影響を受ける可能性があります。また、EU諸国からの英国への輸入は、英国の一般的な関税、数量割当の対象となるため、これをどのような取扱いにするか決めておく必要があります。また、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等の各国からの輸入が、対EU諸国と同じ条件となるとEU諸国からの輸入が影響を受けることとなります。いずれにせよ退出にあたっての英・EU間の取り決めに左右されます。
さらに、農産物貿易に関しては、開発途上国からのものが多いと思われますが、EUとしてはロメ協定による途上国特恵制度があり、これとの関係を整理する必要があります。旧英連邦を構成していた開発途上国に関しては、EUのロメ協定の加盟国としての地位は引き継ぎ、途上国特恵を受け続けることとなると思われますが、英国がロメ協定から外れるため、これらの国を含めロメ協定の他の開発途上国の対英輸出の取扱いが検討される必要があると思われます。


表1 英国の主要農産物貿易(2013年)

 


表2 EUの主要農産物第三国関税


<参考文献・リンク>
英、月内にEU離脱通告(日経経済新聞、3月14日付)
英EU離脱、試練の2年 分担金や通商譲らず(日経経済新聞、3月14日付)
『現代イギリス農業の成立と農政』筑波書房、2002年
「EUのCAP(共通農業政策)改革」JAICAF、2013年

 
 ( 文責:森 麻衣子、東 久雄)


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海外農林業情報 No.67 (2016年12月22日


日EU間のEPAの動き

日EU間の経済連携協定(Economic Partnership Agreement, EPA)は、2013年3月の首脳間合意により開始されました。これは、関税撤廃や投資ルールの整備等を通じて貿易・投資を活性化することを目指して、日本にとってはTPPと並ぶ、EUにとっては米国と交渉中のTTIPと並ぶ「メガFTA」の一つとなることを目指したものです。

交渉は、2014年4月には物品の関税引下げオファーが、さらに7月には投資、サービス分野の自由化のオファーが交換され、本格化されました。しかしながら、交渉分野としても、物品、サービス、知的所有権、政府調達、投資ルール、非関税障壁ということで、TPPより範囲が限られており、また、日本側としては、TPP交渉が先行しており、この枠を出ない対応にならざるを得ない状況となっていたと思われます。また、交渉は、交渉官レベルで積み重ねられており、双方とも具体的な内容を公表しないということで不透明なところがありますが、EU側の関心は、チーズ、豚肉、ワインの市場アクセス改善と地理的表示(GI)の保護、地方公共団体・鉄道の調達(政府調達)の拡大、自動車、加工食品、医薬品等の基準認証に関する非関税措置、日本側の関心は、EUの工業品の関税撤廃、特に自動車の10%関税、電子機器の14%関税の撤廃、日本側の投資企業に対する欧州側の規制問題等で、これらに集中して交渉が行われたようです。

双方は、2016年中の合意を目指していましたが、12月12日から16日までの交渉会議で終着点が見出せず、再度来年1月に会合を持つこととなったと発表されました。EU側の記者会見によれば、残る重要問題は、日本のチーズ、豚肉の市場アクセスとEUの工業品の関税だったようです。EU側は、日本のチーズ、豚肉問題の対応によって自動車、電子機器の関税引き下げに応ずる準備はあるとのことで、また、EU側交渉官によれば、豚肉では、「前進があった」とされています。双方とも、グローバリゼーションのモメンタムを維持するためにも、何とか米国のトランプ大統領の就任式(1月20日)前に決着を図りたい意向があるようで、1月の交渉、その直後にでも閣僚交渉を行っていく構えのようです。もし、この機会を失するとフランス、ドイツの選挙、3月には、英国離脱の通告が予想されているため、これも漂流せざるを得なくなるのではないかと言われています。

<参考リンク>
経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(外務省ホームページ)
年内の大枠合意難しく(日本経済新聞、12月17日朝刊)
日欧EPAに時間の壁(日本経済新聞、12月18日朝刊)
日欧EPA年内大枠合意見送り(日本農業新聞、12月18日)

 

( 文責:森 麻衣子)


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