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『海外農林業情報』No.21

海外農林業情報 No.21(2013 年3月26日


安倍総理のTPP 交渉参加表明について

3月15 日、安倍総理大臣は記者会見を行い、「環太平洋経済連携協定(TPP)に向けた交渉に参加する決断をした。その旨、参加国に通知をする」ことを表明しました。その中では、世界の(経済・貿易に関する)ルール作りへの早期参加が必要との考えを強調しています。また、関税を撤廃した場合の経済効果について、「我が国経済に全体としてプラス効果が見込まれるが、試算では農林水産物の生産は減少すると見込んでいる」とし、「これは、関税はすべて即時撤廃し、国内対策は前提としない計算によるもので、実際には、我が国のセンシティブ品目への特別な配慮など、あらゆる努力により悪影響を最小限にとどめる」とされています。さらに、先の衆院選で自民党は、「聖域なき関税撤廃」を前提とする限りTPP 交渉参加に反対すると明言したが、昨年11 月のオバマ大統領との会談で、「TPPは聖域なき関税撤廃を前提としない」ことを確認したとしており、また、国民皆保険制度を守るなどの国民との約束は必ず守るとの意思を表明しました。

次に、記者との質疑応答で、「重要5品目と国民皆保険制度について自民党が最優先で確保してほしいと要望しているが、聖域を守り抜く決意があるのか」と問われ、「守るべき項目について決議文をいただいた。しっかりとそれを胸に、強い交渉力をもって結果を出していきたい」と答えました。具体的に5品目に言及したわけではありませんが、農業の多面的機能については、「(農業には)日本の文化にも通ずるものがあり、守るのは当然だ」とされ、また記者会見の冒頭発言の中でも、「あらゆる努力で日本の農業を守り、食を守ることを約束する」と述べています。

総理冒頭発言の最後では、「本日、わたくしが決断したのは交渉への参加にすぎない」とし、これからのルール作りへの参加と関税、サービス等個別事項の交渉に際し、「国益を踏まえた最善の道を実現する」との決意を強調しました。
 

米国の交渉方針

米国は、WTO 交渉が行き詰まっているとの認識の下、「21 世紀の国際経済・貿易ルールを作る」ことを目指して、太平洋沿岸諸国とTPP 交渉を、またEU とも別途、交渉を行う意向を示しています。まさにTPP 交渉では、幅広い分野のルール作りが中心課題となっており、その点を踏まえて、安倍総理は参加を急いだものと思われます。他方、関税、サービスの分野は、一定のルールの下での個別交渉事項となっています。関税に関しては、当初の4ヵ国のTPP では「すべての関税を撤廃する」ことを目標としていましたが、米国の主導で9ヵ国の交渉となった際、「白紙」から再スタートすることとされ、その新たな枠組みが話し合われてきました。米国は、各種の例外を設けた個別国との既存FTA を基礎とする立場を譲らず、結果的に、全面的に個別国間での交渉となっているようです。例外取扱いの問題も、この中で交渉されるのではないかと思われます。また、サービス分野も、当初はネガティブ方式(自由化しない分野を明示する)との主張もありましたが、こちらも分野ごと、国ごとの交渉となっているようです。したがって、懸念されている我が国の重要農産物の取り扱いも個別交渉となり、また、医療サービスも今後、個別の交渉事項となるのではないかと思われます。


我が国与党からの交渉の際における要望

この総理記者会見に先立って、自民党内での議論を踏まえた「TPP 対策に関する決議」が、3月13 日付けで自民党外交・経済連携本部から総理に提出されました。これは、「安倍総理におかれては、岐路に立つ日本の経済・社会が今後進むべき方向を選択するという見地から判断願いたい」として、TPP 交渉参加の可否判断を総理に委ねたものです。その中で、交渉参加を決断する場合は、「農林水産分野の重要5品目等や国民皆保険制度などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さないものとする」との注文を付けています。この決議はまた、党内5グループ並びに(TPP の)21 作業分野検討チームの取りまとめを添付し、「これを踏まえ、その主張が交渉結果に反映されるよう全力を挙げること」を求めています。この取りまとめは、現在のTPP 交渉の情報を的確に把握し、ほとんどの問題に言及していると思われます。このうち農業分野(第4グループ)では、「食糧安全保障・多面的機能維持の理念と市場経済の減速とは一線を画すべきで、守るべき国益について、以下の点」を挙げています。

1.コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物等の農林水産物の重要品目が、引き続き再生産可能となるよう除外または再協議の対象となること。10 年を越える期間をかけた段階的な関税撤廃を含め認めない。
2.森林整備に不可欠な合板、製材の関税に最大限配慮すること。
3.漁業補助金等における国の政策決定権を維持すること。
4.残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組み換え食品の表示義務、遺伝子組み換え種子の規制、輸入原材料の原産地表示、BSE 基準等において、食の安全安心及び食料の安定生産が損なわれないこと。

日本の参加の取り扱いについて

これから、TPP既参加11 ヵ国の同意を得て初めて本格参加になるわけですが、米国とは、先の首脳会談の共同宣言で、米側が「自動車、(郵政の)保険分野での進展が必要」としていたことから、協議が重ねられており、自動車に関しては米国の関税削減に猶予期間を設ける方向であると伝えられています。保険問題を含め、総理の参加意向表明前にはすでに見通しが立っていたのではないかと考えられます。したがって、これからは米政府が議会に対し日本のTPP 参加の意向を通告するタイミングが注目されます。その通告後、90 日を経たところで交渉への正式参加が認められるということになると思われます(90 日ルールは、現在失効している前の通商交渉法によるもので必ずしもこれに則る必要はありませんが、新通商交渉法が議会で審議中でもあり、政府としてはこれを尊重し、カナダ、メキシコの新加入の時にも同じ手続きを踏みました)。また、他の参加国からも順次協議を求められると思いますが、3月初めに行われたシンガポール交渉会議の際の交渉官共同記者会見で、日米共同宣言のセンシティブ品目の取り扱いについて、オーストラリア、ニュージーランド等から「撤廃期間の延長問題と捉えている」との発言もあり、厳しい協議になることが考えられます。また、正式参加までの間、オブザーバーとしての参加が認められるかどうかが注目されます。

さらに、正式参加となった場合のステークホールダー(利害関係者)会議への参加問題があります。昨年秋以来、米国関連業界からの要請もあり、交渉会議の際に交渉官による関連業界との話し合いの機会が設けられるようになり、各国から多数の業界関係者が交渉の場に集まるようになりました。その際、各国の関係者間の個別接触も行われているようであり、今後、我が国の関係業界がどのような体制で対応していくかが注目されます。
 

参考リンク
安倍内閣総理大臣記者会見(首相官邸、日本語)
TPP 対策に関する決議(自由民主党、PDF 日本語)


(文責:西野 俊一郎)

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