海外農林業情報 No.65 (2016年11月15日)
米国大統領選挙とTPP協定
11月8日に行われた米国大統領選挙は、共和党トランプ氏の勝利で決着しました。トランプ氏は、選挙戦の中で、TPPは米国の産業に大きな打撃を与え、労働者の就業機会を奪うものであるとして反対し、10月に公表した「有権者との契約」の中で「就任初日にTPPから撤退する(withdraw)」と表明しています。この“withdraw”はどのような手続きを踏むのかよくわからないところがあります。
米国は、TPP協定の原署名国で、もうすでに政府として正式に署名しています。その原署名12ヵ国で協定文書の作成は終わっており、今さら「原署名国」からwithdrawすると表明しても、協定文書に何ら関係はありません。そのTPP協定は、「原署名国の総GDPの85%以上を占める6ヵ国の批准で発効する」ことなっていますが、まだ発効していません。また、TPP協定は脱退規定を設けていますが、発効していない協定から脱退と言うこともできません。
米国は、原署名国で、GDPの約6割を占めており、米国の批准なしにTPP協定は発効できません。TPP協定は、現在各国で国内の批准手続きが進められている状況であり、米国内のこの手続きをどうするかが問題です。
現在のオバマ政権ではまだ議会の承認を求める手続きは行われていませんが、すでに批准承認の提出30日前までに行政府から議会に発出する「行政側の意向書(Draft Statement of Administrative Action)」は、8月12日に発出されています。オバマ政権として、正式に現在の議会に批准承認を求めることはできます。しかし、大統領選挙と同時に行われた上院の3分の1(34名)と下院全体(435議席)の改選により、現在の議員の任期は来年1月3日までで、現議会はいわゆるレイム・ダックの状況にあります。批准承認の案件の審議は、10日あれば足りるとされていますが、重要案件の審議はしないというレイム・ダックの慣例を破ってまで議会側が審議に応ずるかどうか問題です。現に、議題設定権のある共和党のマコンネル上院院内総務(米国議会では、議題設定権は議長にありますが、上院は副大統領が議長を務めるため多数党の院内総務が議題を設定します)は、「年内の議会審議に上げないことは確かだ」と述べており、おそらくオバマ政権下での批准は不可能だと思われます。また、オバマ政権が議会に批准を求めたとしても、議会側で上程しない場合、すべての議案は、現議会から新しい議会に引き継がれないこととなっておりますので、現議会の任期終了とともに、無効となります。
次に、行政側としては、トランプ新大統領の下で、新議会に対してTPP協定の批准承認を求める手続きを採るかどうかという選択になります。トランプ新大統領はTPPから撤退としているので、そのままでのTPP協定の批准承認を議会側に求めることは考えられません。そこで、米側としては、TPP協定の改定交渉を署名各国に求めるという方向が考えられますが、おそらく他の署名国としては、すでに国内での批准手続きを進めており、実質的な部分での改訂は受け入れられないと思われます。むしろ、米国抜きで発効できるように発効条件のみ改訂するべきであるとの意見もあるようです(原署名国の米国抜きでの改訂が可能かどうか問題ですが)。トランプ政権としては、TPP協定はそのまま棚上げとせざるを得ないこととなると考えられます。
他方、議会の方も、上院の3分の1が、また下院はすべての議員が改選されており、TPP協定に対する情勢の変化が考えられます。現議会は, TPP協定交渉を視野に入れた貿易促進権限法(Trade Promotion Authority)について、共和党のリーダーシップで、上院では60対38で、下院では218対208で通過させましたが、新議会でのTPP協定への動向はまだ不透明です。原則的に貿易自由化推進派の共和党が多数を占めていますが、選挙戦の中で、相当の議員がTPPに批判的な態度をとって当選してきているという実情にあり、仮にTPP協定批准案件が採決に付された場合は、否決される可能性が相当高くなっていると考えられます。
<参考リンク>
TPP協定全文〔仮訳〕(内閣官房)
Donald Trump’s Contract with the American Voter
内向き政策 針路見えず(日経新聞、11月10日朝刊)
米、TPP年内承認せず(日経新聞、11月10日夕刊)
( 文責:森 麻衣子)
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