「海外農林業情報No.84」

海外農林業情報 No.84 (2018年5月9日

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「海外農林業情報」の今後の編集方針について

本誌はこれまで、WTOやTPP等の貿易問題をめぐる動向と、穀物需給・価格をめぐる状況等のテーマを中心に、海外の農林業関係情報を提供してきました。今後は、当協会がアジア・アフリカ等海外において実施している技術協力等の状況、当協会の出版物や関連イベントの案内等、当協会の様々な活動をご紹介するとともに、引き続き貿易問題や穀物需給に関する重要な動きもお伝えするものにしていきます。
その最初となります今回のNo.84では、2016-2017年度に実施し今年の3月に終了した「アフリカにおける地産地消(Chisan-Chisho)活動普及検討調査事業」の内容の紹介のほか、最近話題となっている米国トランプ政権の貿易政策と農産物貿易についての解説を掲載しています。
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◎ケニアでの地産地消事業のご紹介

2016年度から2017年度にかけて2年間、JAICAFは農林水産省補助事業「アフリカにおける地産地消(Chisan-Chisho)活動普及検討調査事業」を実施しました。この事業では、農産物の加工手段としてポン菓子機に着目し(写真1)、ケニアの農村グループや起業家が地域農産物を活用してポン菓子を生産することで、地産地消活動を促進するというものでした。地域農産物には様々なものがあり、トウモロコシやコメだけでなく、ミレットやソルガム、多種多様なマメ類等の利用が期待できます。

本事業実施の背景として、日本での地産地消(地場生産・地場消費)の取組みがあります。日本では地産地消を推進した結果、農産物加工の取組みが進み、新たな市場の創出、農村部の所得向上、雇用創出、地域活性化等の成果をあげています。これらの知見を活かし且つアフリカの実情に即した地産地消の取組みを検討しつつ、農家の所得向上を図ることを本事業は目的としていました。なお、事業実施には(株)シー・ディー・シー・インターナショナルとケニアのBioversity Internationalの協力を得て実施しました。

本事業の活動は大きく分けて(1)ポン菓子機の現地試作、(2)農村グループや起業家に対してのポン菓子機の導入、(3)農業ショー等でのポン菓子機の普及があります。

(1)ポン菓子機の試作
まず、ケニア国内でポン菓子機の試作・製造を行いました。日本製のポン菓子機(一升タイプ)を現地に持ち込み、これを見本として、現地のいくつかの食品加工機械製造会社や大学のワークショップで試作を繰り返したところ、ひとつの食品加工機械製造会社、DK Engineering社で見本に近い状態で製造が可能となりました。試作当初は気密性を保つための蓋等故障しやすい部分がありましたが、試行錯誤を進めるうちに故障しにくくなるよう改善され、現地での製造・販売体制が確立されました。

(2)ポン菓子機の導入
機械の試作と並行して、ポン菓子機の導入に興味のある農村グループ(自助組織)や地元起業家に対して、ポン菓子機の導入を試みました。対象地は、ポン菓子機導入に興味を持ったと思われる地域を選出し、事業実施中に4ヵ所選定しました。比較的乾燥しておりミレットやソルガム等を栽培しているキツイ県、ダイズ栽培を行っているミゴリ県、近隣に灌漑稲作地があるエンブ県、標高の高いボメット県です(図1)。事業ではポン菓子機の使用方法とポン菓子の加工方法を指導するチームを形成し、各地の機械導入対象者に対して技術指導を実施しました。
指導する技術のうち、とくにポン菓子の加工に関する技術が重要です。ポン菓子を黒砂糖で丸く固めた製品や、水飴で固めて棒状にカットした製品(カシャタ)を作る技術です(写真2)。これにより、ポン菓子製品を高付加価値化し、高価格で販売することが可能となりました。なお、カシャタの作成指導には日本でも有数のポン菓子メーカーである家田製菓(株)の協力を得て実施しました。事業では本邦研修も実施しており、その際には家田製菓本社の工場でポン菓子の作成、加工、衛生管理、包装、販売まで、一連の作業について研修を行いました。

(3)ポン菓子機とポン菓子の普及活動
また、ポン菓子機とポン菓子の普及活動として、技術指導を行うチームやポン菓子機を導入した人々がケニア各地で開催される農業ショーに出展し、ケニアにおいて新しい技術であるポン菓子加工について周知に努めました(写真3)。これらの活動は各地の農業ショーで評価され、出展したブースに対してBest innovation and invention stand等の賞を受賞しています。ウフル・ケニヤッタ ケニア大統領にも興味を持って頂く機会もありました。

図1 調査対象地写真1 農村グループに導入された ポン菓子機写真2 カシャタの作成写真3 農業ショーで小学生に ポン菓子を紹介


(4)活動の結果
ケニア製ポン菓子機の導入費は日本円で約10万円ですが、数ヵ月で導入費以上の収益を上げる事ができたポン菓子機導入対象者がいました。彼は技術指導チームによる技術指導では積極的に技術を吸収し、その結果、効率良くカシャタを生産することができるようなっただけでなく、販売においては青空市場で商品を首からかけて練り歩いたり、ポン菓子機のデモを行ったりすること等、積極的にポン菓子商品の知名度を上げる努力を行い、販売数を拡大させました。もちろん、全ての導入対象者で上手くいったわけではなく、導入初期はポン菓子の生産と販売が好調だったのにもかかわらず、グループ活動、たとえばポン菓子による収入の配分等の決定が上手くいかず、生産が停滞してしまった事例もありましたが、ポン菓子導入対象を全体的に見て、概ね収入向上に貢献したことが分かりました。ポン菓子はケニアで全く新しい食べ物でしたが、地元で受け入れられて新しい地産地消活動として根付きつつあります。事業成果の詳細は報告書をご覧ください。

文責:西野 俊一郎

<参考リンク>
アフリカにおける地産地消(Chisan-Chisho)活動普及検討調査事業 1年次報告書
アフリカにおける地産地消(Chisan-Chisho)活動普及検討調査事業 2年次報告書


◎米国トランプ政権の貿易政策と農産物貿易

トランプ政権は、選挙中から「アメリカ・ファースト」を唱え、移民の流入と米国産業の保護を最優先政策に掲げ、内向きの姿勢を示してきました。貿易についての始まりは、就任直後のTPP(環太平洋パートナー)協定からの退出とNAFTA(北米自由貿易協定)再交渉での強硬姿勢でした。NAFTAでは、自動車関連の原産地規則に一定割合の米国製部品使用を求めたり、貿易収支均衡の成果を求めたりしているようです。さらに、この3月8日には、2月8日に公表された米国貿易拡大法242条(安全保障上の輸入制限措置)による商務省の調査結果に基づき、鉄鋼、アルミ製品の輸入に関税を加重することを宣言しました。3月23日には、その具体的品目と対象例外国を発表しました。輸入金額が500億ドルに及ぶ両関連品目それぞれに25%と15%の関税を加重するものです。カナダ、メキシコ、韓国、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジル、EUの7ヵ国・地域については、適用除外としました。カナダ、メキシコ、EUは、それぞれNAFTA等の交渉を促進するためとして、5月1日までとしております。すでに、韓国は米韓FTAの改定交渉に韓国が応じ、韓国側が両品目の輸出量を過去3年平均の70%に規制することで合意し、鉄鋼は適用除外としました。WTO協定は、「安全保障上に必要な貿易制限」を認めておりますが、EU側は、米国が「安全保障上」と言いながら特定の国を除外することに疑義を呈し、セーフガードではないかとして、WTOセーフガード協定に基づく事前協議を要請しました。また、EU側は、この対抗措置として、スイートコーン、コメ、タバコ、鉄鋼製品等の米国からの輸入に25%の関税を加重する旨表明しました。なお、米国は4月30日、上記7ヵ国・地域のうち、カナダ、メキシコおよびEUへの適用猶予を5月末まで1ヵ月延長すると発表しました。さらに、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルについては、大筋合意に達したとし、完全に適用除外とする方向のようです。中国もまた、WTOの平等取扱い(最恵国待遇)の原則に反するとして提訴するとともに、即座に米国からのナッツ類、ドライフルーツ類、オレンジ等の果実類、ワイン等に15%、豚肉等に25%の上乗せ関税を掛けると宣言しております。

さらに、トランプ政権は、3月23日に通商拡大法301条の調査結果に基づき、中国の知的所有権に関する国内法が米国の知的所有権を侵害しているとして、不公正貿易と認定し、中国からの一定の輸入品に制裁関税を課する考えを表明しました。4月3日には、この品目として、産業用ロボット、半導体、食洗機等の家電等1300品目、500億ドル分の輸入に関して、25%の関税を加重することを公表しました。これから産業界等からの意見を聴聞し、相手国と協議したうえで決定されるので、まだ時間的余裕はあるようです。また、米国は、この知的所有権侵害をWTOの知的所有権(TRIP)協定違反として中国に協議を申し入れました。これに対し中国側は、これが発動された場合は、直ちに米国からの大豆、トウモロコシ、小麦、牛肉、タバコ、航空機等の500億ドル相当分の品目に25%の関税を加算することを表明しました。さらに、トランプ大統領は、それならさらに500億ドル分の品目に追加して関税を掛けると応酬しております。

このようなトランプ政権のなりふり構わない貿易政策の発表は、多分に相手国との交渉を有利に進めて行こうとしているものとの評価もあり、また、秋の中間選挙(上院の3分の1、下院全部の議員の改選)を控えた国内向けの姿勢であるという考えもあるようですが、相手国側から対抗措置として挙げられる品目は米国の農産物が主となるため、シカゴの農産物市場に動揺を与えているようです。これに対し、米国農務省は、影響が出た場合は、適切な措置を講ずるとしておりますが、補助金となった場合は、さらにWTOの農産物協定との関連が出てくる可能性が考えられます。

こうした状況の中で、4月17日?18日の日米首脳会談では、米国側が二国間FTAの交渉入りを求めてくるのではないかと懸念されていましたが、結局は、担当閣僚間での「自由で公正かつ相互的な貿易取引のための協議」の枠組み(麻生副総理・財務大臣とペンス副大統領による既存の日米経済対話とは別の枠組み)を設けることで合意し、ひとまず米国側の圧力をかわした形となったと評されています。しかしながら、TPP発効で不利な立場となる米国の牛豚肉関連業界からの要求もあり、米国側は早期に成果を上げることを求めてくると思われます。

文責:藤岡 典夫

<参考リンク>
米輸入制限、EU・韓国など適用除外へ 23日発動(3/23、日本経済新聞)
中国、米に報復関税発動 豚肉やワイン128品目に最大25%(4/2、日本経済新聞夕刊)
米、対中制裁1300品目に 知財侵害で原案(4/4、日本経済新聞夕刊)
米中、技術覇権争う 米制裁関税、産業ロボなど標的(4/5、日本経済新聞朝刊)
米と協議、WTOに要請 EU、鉄鋼輸入制限巡り(4/19、日本経済新聞朝刊)
米、2国間協定に意欲 貿易協議開始では合意(4/19、日本経済新聞夕刊)
米鉄鋼輸入制限、猶予1カ月延長 EUやカナダなど(5/1、日本経済新聞)
Following President Trump’s Section 301 Decisions, USTR Launches New WTO Challenge Against China(3/23、USTR、英語)
Under Section 301 Action, USTR Releases Proposed Tariff List on Chinese Products(4/3、USTR、英語)
 

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海外農林業情報 No.67 (2016年12月22日)


日EU間のEPAの動き
日EU間の経済連携協定(Economic Partnership Agreement, EPA)は、2013年3月の首脳間合意により開始されました。これは、関税撤廃や投資ルールの整備等を通じて貿易・投資を活性化することを目指して、日本にとってはTPPと並ぶ、EUにとっては米国と交渉中のTTIPと並ぶ「メガFTA」の一つとなることを目指したものです。

交渉は、2014年4月には物品の関税引下げオファーが、さらに7月には投資、サービス分野の自由化のオファーが交換され、本格化されました。しかしながら、交渉分野としても、物品、サービス、知的所有権、政府調達、投資ルール、非関税障壁ということで、TPPより範囲が限られており、また、日本側としては、TPP交渉が先行しており、この枠を出ない対応にならざるを得ない状況となっていたと思われます。また、交渉は、交渉官レベルで積み重ねられており、双方とも具体的な内容を公表しないということで不透明なところがありますが、EU側の関心は、チーズ、豚肉、ワインの市場アクセス改善と地理的表示(GI)の保護、地方公共団体・鉄道の調達(政府調達)の拡大、自動車、加工食品、医薬品等の基準認証に関する非関税措置、日本側の関心は、EUの工業品の関税撤廃、特に自動車の10%関税、電子機器の14%関税の撤廃、日本側の投資企業に対する欧州側の規制問題等で、これらに集中して交渉が行われたようです。

双方は、2016年中の合意を目指していましたが、12月12日から16日までの交渉会議で終着点が見出せず、再度来年1月に会合を持つこととなったと発表されました。EU側の記者会見によれば、残る重要問題は、日本のチーズ、豚肉の市場アクセスとEUの工業品の関税だったようです。EU側は、日本のチーズ、豚肉問題の対応によって自動車、電子機器の関税引き下げに応ずる準備はあるとのことで、また、EU側交渉官によれば、豚肉では、「前進があった」とされています。双方とも、グローバリゼーションのモメンタムを維持するためにも、何とか米国のトランプ大統領の就任式(1月20日)前に決着を図りたい意向があるようで、1月の交渉、その直後にでも閣僚交渉を行っていく構えのようです。もし、この機会を失するとフランス、ドイツの選挙、3月には、英国離脱の通告が予想されているため、これも漂流せざるを得なくなるのではないかと言われています。

<参考リンク>
経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(外務省ホームページ)
年内の大枠合意難しく(日本経済新聞、12月17日朝刊)
日欧EPAに時間の壁(日本経済新聞、12月18日朝刊)
日欧EPA年内大枠合意見送り(日本農業新聞、12月18日)

 

( 文責:森 麻衣子)

 

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